大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)671号 判決 1955年1月29日
原告 浦田昇
被告 石川武男
主文
被告は、原告に対して、金三万八百九十円を支払え。
原告の其の余の請求を棄却する。
訴訟費用は之を三分し、其の二を原告の負担とし、其の一を被告の負担とする。
この判決は、原告が勝訴の部分につき、金八千円の担保を供するときは、仮に執行することが出来る。
事実
原告訴訟代理人は、被告は、原告に対し金八万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、「原告は、昭和二十五年五月三十一日午後二時頃、大阪市東区賑町六番地の玩具商訴外金堀潔方に於て、同訴外人に対し売掛代金の請求をしていたところ、原告と同訴外人は感情が絡み、右代金の支払につき、約三時間余り口論するに至つた。原告は、たまたま居合せた被告に対し、「この話は貴方も聞いておいてくれ。」と話しかけたところ、被告は、突然大声を出して、「なぜ俺が聞かんならんか。」と呶鳴り乍ら矢庭に立上つて、原告の顔面を手拳で殴打し、原告を同訴外人の店先へ突出して、道路上に顛倒せしめた。それがため原告は、左眼頭に裂傷及び顔面に打撲傷を受けるに至つた。原告は、直ちに薄病院で取敢えず診断を受けたが、更に同年六月十一日に同病院々長の再診の結果、左下瞼部挫創右眼部及び左胸部打撲傷との診断を受け、治療には当日より尚十日間を要し、結局治療日数は合計二十二日を要することが判明した。尚左眼下に受けた挫傷は未だに其の傷痕が残つており、人相が悪くなつたので、原告は、将来整形手術を受けようと思つている。原告は、被告に対し、昭和二十七年五月二十一日右治療費並に整形手術費金三万円及び慰藉料金五万円の支払を求めるため、生野簡易裁判所に、更に、被告と訴外金堀を相手に、昭和二十八年五月二十五日大阪簡易裁判所に夫々民事調停の申立をなしたところ、同訴外人とは金一万円で示談解決をしたが、被告は、右いづれの調停にも応じなかつたので、右各調停は不成立に終つた。そこで、原告は、被告に対し、被告の前記不法行為に因つて被つた別紙<省略>治療費諸費用計算書記載の損害金金三万九千二百五十円の内金三万円、並に慰藉料として金五万円の支払を求める。」と陳述し、被告主張の如く示談解決したことは之を否認すると述べた。<立証省略>
被告は、本件口頭弁論期日に出頭しなかつたが、その提出の答弁書によると、答弁の要旨は、「原告の主張事実中、被告が、原告主張の日時に、訴外人金堀潔方に行つていたところ、原告が、同訴外人方に売掛金の請求に来て居り、同訴外人と口論したこと、原告が、帰り際に、被告に、「この話はあんたも参考人として聞いておいてくれ。」と言い、被告が「そんな話をどうして俺が聞かんならんか。」と返答したところ、原告と被告との間で口論となつたこと、原告がその主張の如き打撲傷を受けたこと、原告が、その主張の如く調停の申立を為したが、何れも不調となつたことは、何れも之を認めるが、被告が、原告の主張の如く殴打したり原告を顛倒せしめたことは之を否認する。原告と被告とが、前記のように口論となつた際、原告は、何かのはづみで道路上に倒れたが、其の際原告は倒れながら立つている被告の股の中に入り、被告の足を持つて倒そうとしたため、被告はよろめき原告の上に倒れた。その結果原告は、その主張通りの打撲傷を受けるに至つたのである。右の件につき、被告は、警察に出頭して示談書を入れ一応解決をつけ、其の後前記訴外人を通じて布施の原告宅へ見舞金三千円と菓子を持参してもらつたところ、既に原告は転居してしまつた後であつたので、其儘となつてしまつた。又原告主張の調停事件については、被告は示談解決を希望して、生野簡易裁判所に於て、金一万二千円、又大阪簡易裁判所に於て、金一万五千円を夫々支払う用意があると申し出たに拘らず、原告はいづれの調停にも応じてくれなかつた。被告は一時の縺合いからにもせよ原告に対し打撲傷を与へたことに責任を感じ、少額ではあるが誠意のこもつた金を原告に受取つてもらい、何んとか示談解決をしようと努力して来たが、原告は、被告の誠意を認めてくれなかつた。一方被告としても其の日暮しの状態であつて、原告が本訴で請求する様な大金は、到底支払うことが出来ない。しかしもし金一万二千円程度で解決出来るならば、何んとか都合をつけ直ぐにでも右金員を支払う考えである。」というにある。
理由
原告が、昭和二十五年五月三十一日午後二時頃、大阪市東区賑町六番地玩具商訴外金堀潔方に赴き、同訴外人に売掛代金の請求をして居た際、被告もたまたま来合せたこと、原告と右訴外人とが、その際口論した後、原告が帰り際に、被告に「この話はあんたも参考人として聞いておいてくれ」と言い、被告が、「そんな話をどうして俺が聞かんならんか」と返答した為、原告と被告とが口論となり、その際原告が、左眼瞼部挫創右眼部及び左胸部打撲傷を受けるに至つたことについては、何れも被告に於て認めるところである。証人金堀潔の証言及び原告本人訊問の結果によると、原告は訴外金堀との前記口論の顛末を、当時現場に居合せた被告にも、参考人程度に聞いておいてもらおうと思つて、被告に話しかけたに拘らず、被告は短気を起して矢庭に原告の顔面を手拳で殴打し、倒れている原告を更に股で挾む様にして殴打し続け、其の結果原告をして、前記の如き挫傷、打撲傷を負はせしめるに至つたことを認めることができる。被告は、原告が受けた右挫創及び打撲傷は、口論中何かのはづみに、原告が自転車と一緒に倒れる際、原告は倒れながら立つている被告の股の中に入り、被告の足を持つて倒そうとしたはづみで、被告がよろめき、原告の上に倒れた結果負うに至つたものであると主張するが、右主張事実を認めて、前記認定を覆えすに足る証拠はないから、右主張を採用することができない。そうすると、被告は、原告に対し、故意に前記の如き挫傷、打撲傷を被らしめたものと謂うべきであるから、右不法行為に因つて原告の被つた損害を賠償する責任を免れない。被告は、右事件直後警察に出頭し示談書を差入れ一応解決したと抗弁するが、かかる事実を認めるに足る証拠はないから、右抗弁を採用しない。原告本人訊問の結果により其の成立が認められる甲第一号証、並に原告本人訊問の結果によると、原告は、右の挫傷打撲傷を受けた結果、其の治療に付き、加害を受けた日より二十日の日数を要したこと、及び其の結果左下眼瞼部に瘢痕醜形を残す様になつたので、これを除去するのに整形手術が必要になつたことが認められる。原告は、右二十日間の治療費並に整形手術費として、金三万円を請求し、其の明細として別紙治療費諸費用計算書通りと主張するので、これについて判断するに、原告本人訊問の結果により其の成立が認められる甲第二号証によると、原告は、薄病院(大阪市南区谷町六丁目二十七番地)に於て右挫傷、打撲傷の治療を受け、その治療代として、同病院に金一千七百円を支払つたこと、原告は、当時布施市永和二丁目より、前記薄病院に通院し、(最初の五日間は、原告の通院に原告の妻が附添つて行つたので、これを認めて原告の妻の電車賃も加える。)諸雑費交通費を出費し、又得べかりし日当を喪失したことの損害金合計金九千百九十円の損害を被つたことを認めることができる。そうすると、原告が、被告の前記不法行為に因つて被つた現実の損害は、合計金一万八百九十円であると認めるを相当とする。
次に、原告は、別紙計算書の整形手術費の項記載の如く将来必要と認められる左眼下瞼瘢痕に対する整形手術費その他の損害見込額合計金二万八千三百六十円を要するから、その賠償を求めると主張するが、右主張の金額は、将来整形手術を受ける際に必要とする見込額であつて、原告が、既に現実に被つている損害でないことは、原告の主張自体に徴し明白であつて、未だ損害は発生していないのであるから、現在の給付請求を求めることはできない。又、現在損害が発生していないのであるから、固より債権の履行期が未到来であるが、現在に於て予めその請求を為す必要あることを理由とする将来の給付の請求としても之を認容することができないから、此の部分の原告の損害金の請求は、失当として之を棄却する。
次に慰藉料の請求について判断するに、原告本人尋問の結果によると、原告は、当時玩具商を営んで居たが、現在は開拓農業を営んで居り、当時年齢は五十才であつたこと、被告は、当時二十九才であつたことを認めることができ、右事実と、本件に於ける原告の受けた傷害は、前記認定の通り被告の故意過失に基くものであり、又前掲甲第一号証によれば、原告の受けた外傷は、顔面であり整形手術によつても外傷前の状態と全く同一になることは困難なものであることを認められる事実、その他弁論の全趣旨とを併せ考察すると、原告が、被告の前記不法行為によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金二万円を以つて相当とする。被告は、現在其の日暮しで金一万二千円以上は支払うことができない旨主張するが、かかる事由は、原告の本件請求を拒否する法律上の事由となし得ないことは明白であるから、被告の右主張を採用することができない。以上の理由に基き原告の本件治療費並に慰藉料の請求中、金三万八百九十円の支払を求める範囲に於いて其の請求を正当として認容し、其の余の請求は、失当であるから之を棄却する。
仍つて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条第八十九条を、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡野幸之助)